君を呼んだのに 存在感と不在感の狭間

まっち〜

2018年01月19日 21:08


描き上げたばかりの自画像をぼくに
ヴィンセントヴァンゴッホが見せる
絵の具のにおいにぼくはただ泣いていたんだ

東京滞在中、ロックの殿堂ジャパンミュージアムの清志郎展に行って参りました。
清志郎の絵や衣装やギターや自転車をいくら見たところでもう2度とLIVEに行けないと思うと、私にとっては私物はあまり意味が無いというか、そんなに乗り気じゃなかったのですが、たまたま銀座シックスにお取り置きの品を買いに行こうと有楽町で下車したら、改札口がそこだったのでした。

うぅ、一応見ておくか。
夫に近くで待機してもらい、駆け足でミュージアムへ。

ノートの裏の文字が透けて見えたり、絵の具のタッチだったり。
何度も見て、知ったつもりになっていた文字や絵があまりに生き生きと生々しくて。
そこにある大き過ぎる存在感と不在感との狭間にクラクラと目眩がする程でした。

大好きな清志郎の文字(ちなみにブログタイトル“眠れないとぅない”は清志郎の文字をスキャンしてつないで作りました)思ったより実際は一文字づつが大きいんだなあ。
自画像はグっときてしまって写真に収められなかったなあ。(まんま君を呼んだのに になってしまった ※自画像はネットから)
さすがに清志郎との2ショットはおこがましい気がして遠慮して、なぜかミックの絵と自撮り2ショット。そっちもまあまあ恥ずかしいよなー。
さかなクンばりのお魚の絵もたくさんあったなー。

そんなことを振り返りながら本日は店休を頂き、店内で締切が迫ったデザイン業務に専念させて頂きました。清志郎が亡くなって以来、ほとんど聞けなくなったRCを聴きながら。
心の準備ができていなかった事もあり清志郎展はわずか10分弱で出てしまいましたが、曲を聴く心の準備がやっとやっと出来てきたのかもしれません。2018年スタートです。

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